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福岡高等裁判所那覇支部 平成5年(ネ)77号 判決

沖縄県国頭郡本部町字山川四七七番地

控訴人

仲間利彦

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被控訴人

右代表者法務大臣

前田勲男

右指定代理人

蔵田博国

石原淳子

宮城安

宮城朝章

松田昌

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、一六二万〇六六〇円及びこれに対する平成元年三月一三日から支払済みまで年一四・六パーセントの割合による金員を支払え。

三  被控訴人は、控訴人に対し、平成元年三月一三日から本判決の確定に基づき支払が済むまで年二〇〇万円及び月三〇万円の各割合による金員並びに右金員に対する同日から支払済みまで年一四・六パーセントの割合による金員を支払え。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  控訴人は、昭和四七年四月一五日ころ、父仲間長一郎から沖縄県国頭郡金武町字金武後村渠五八番の土地(後記分筆前の土地、以下「元五八番土地」という。)の贈与を受けたが、登記手続の手違いにより、同月一七日、元五八番土地について同月一五日贈与を原因とする控訴人の兄仲間長儀(以下「長儀」という。)名義の所有権移転登記がされた。その後元五八番土地から同町字金武後村渠五八番三の土地(以下「本件土地」という。)が分筆され、本件土地について、昭和六三年六月一七日、真正な登記名義の回復を原因として控訴人名義の所有権移転登記がされた。分筆前から元五八番土地は金武町に駐車場として賃貸されており、控訴人は分筆後も本件土地を同町に継続して賃貸していた。

2  控訴人は、同月二七日ころ、事業用資産を買い換えるために本件土地を二四〇〇万円で売却し(以下「本件譲渡」という。)、その後その経営するクラシックカー展示場「車博物館」の事業用資産を購入した。

3  本件譲渡には、平成三年法律第一六号による改正前の租税特別措置法(以下「特別措置法」という。)三七条一項一四号の規定による特定の事業用資産の買換の場合の譲渡所得の課税の特例(以下「買換特例」という。)の適用がある。これによると、本件土地の譲渡所得は四五三万二七〇〇円、同税額は九〇万六五四〇円となる。

4  控訴人は、平成元年三月一三日、本件土地の譲渡所得一二五七万四六四〇円、同税額二五一万四八〇〇円、申告納税額二五〇万一〇〇〇円とする昭和六三年分の所得税の確定申告書(分離課税用)(以下「本件確定申告書」という。)を名護税務署長に提出した(以下「本件確定申告」という。)。

5  しかしながら、控訴人は、本件確定申告の際、名護税務署の担当職員に対し、本件譲渡につき買換特例の適用を再三主張したにもかかわらず、担当職員はこれを無視し、申告期限が迫っている、延滞税を納付してもらうことになる、場合によっては差押をすることもあるなどと脅しをかけながら、本件確定申告書を作成させ、控訴人の譲渡所得を過大に申告させたものである(「以下「本件不法行為」という。)。

6  控訴人は、本件確定申告に係る税額二五〇万一〇〇〇円、同利子税一万九二〇〇円、同延滞税七〇〇〇円の合計二五二万七二〇〇円を納付したが、買換特例が適用される場合の税額は九〇万六五四〇円であるので、その差額一六二万〇六六〇円は誤納金として控訴人に還付されるべきものである。

7  控訴人は、本件不法行為により異議申立、訴訟等を通して自己の権利を主張する必要に迫られて結婚もできず、これに伴ってうける種々の精神的損害に対する慰謝料は年額二〇〇万円が相当であり、また、その間就労できないことによる逸失利益は月額三〇万円である。

8  これらの請求金額については前記確定申告をした日の平成元年三月一三日から支払済みまで延滞税率と同率の年一四・六パーセントの割合で遅延損害金が生じる。

よって、控訴人は、被控訴人に対し、控訴の趣旨二、三項記載のとおり判決を求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1のうち、昭和四七年四月一七日、元五八番土地について同月一五日贈与を原因とする控訴人の兄長儀名義の所有権移転登記がされたこと、その後元五八番土地から本件土地が分筆され、本件土地について、昭和六三年六月一七日、真正な登記名義の回復を原因として控訴人名義の所有権移転登記がされたことは認めるが、その余の事実は否認する。

昭和四七年四月一五日ころ仲間長一郎から元五八番土地の贈与を受けたのは長儀であり、元五八番土地を金武町に継続して賃貸していたのも長儀である。

2  同2のうち、本件土地が事業用資産であることは否認し、その余の事実は不知。

3  同3のうち、本件譲渡に買換特例の適用があることは争う。控訴人は本件土地を相当期間継続して賃貸することを予定してはいなかったものであるから、本件土地は事業用資産には該当しない。

4  同4(本件確定申告)の事実は認める。

5  同5のうち、控訴人が、本件確定申告の際、名護税務署の担当職員に対し、本件譲渡につき買換特例の適用を再三主張したことは認めるが、その余の事実は否認する。

担当職員は、控訴人の再三の主張に対し、本件譲渡につき買換特例の適用がないことを繰り返し説明したが、控訴人が自己の主張に固執するので、担当職員において控訴人の申出どおりに所得及び税額の計算から確定申告書の代筆まで行い、これに控訴人自身が署名押印し、その意思に基づいて本件確定申告書を作成し、これを提出したものである。

6  同6のうち、控訴人が、本件確定申告に係る税額二五〇万一〇〇〇円、同利子税一万九二〇〇円、同延滞税七〇〇〇円の合計二五二万七二〇〇円を納付したことは認めるが、その余の主張は争う。

申告納税方式の租税は納税者の申告により納付すべき税額が確定するのであるから、その申告に係る税額が過大である場合には、税務署長に対し更正の請求をすべきであって、直接国に対し過納金の返還を求めることは許されない。

7  同7(損害)の事実は否認する。

8  同8の主張は争う。

第三証拠

本件訴訟記録中の「書証目録」及び「証人等目録」記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  控訴の趣旨二項に係る請求の根拠は控訴人の主張からは必ずしも明確ではないが、要するに、本件確定申告は名護税務署の担当職員の違法、不当な行為(本件不法行為)によるものであるから無効であるとして不当利得返還請求権に基づき誤納金の返還を求めるものと解される。また、控訴人は、本件不法行為による損害賠償請求(控訴の趣旨三項に係る請求)を求めている。そこで、控訴人の各請求の前提である本件不法行為の有無について検討する。

二  証拠〔甲一、二、九の1、2、一一の1、4、乙一(弁論の全趣旨)、二(原審証人糸数泰彦)、三、四(いずれも同根元英一郎)、五、六、八、原審証人仲間長儀、同糸数泰彦、同根元英一郎〕及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる(当事者間に争いのない事実を含む。)。

1  昭和四七年四月一七日、元五八番土地について同月一五日贈与を原因とする控訴人の兄長儀名義の所有権移転登記がされた。昭和五六年から、元五八番土地は金武町に賃貸された。

その後昭和六三年六月一四日、元五八番土地から本件土地が分筆され、本件土地について、昭和六三年六月一七日、真正な登記名義の回復を原因として控訴人名義の所有権移転登記がされた。控訴人は、同月二七日ころ、大城幸信に対し本件譲渡をし、同年七月七日、同年六月二七日売買を原因とする同人名義の所有権移転登記手続をした。

2  控訴人は、納税相談の案内を受けたので、平成元年二月二〇日、名護税務署に赴き、本件譲渡について税法上の特例がないか尋ねた。応対した被控訴人職員島袋義弘は、控訴人から事情を聴取し、買換特例が適用されるかもしれないのでとりあえず関係書類を持参して指導を受けるよう勧め、帰らせた。島袋は、その日の納税相談終了後、部内資料で調査したところ、登記簿上控訴人が本件土地を取得した時期と譲渡した時期が同一年であり、かつ、短期間のうちに取得と譲渡を続けてされていることが判明し、買換特例の要件に該当しないと判断した。

そこで、島袋は、翌日来署した控訴人に、買換特例の要件等を説明し、本件譲渡に買換特例の適用がないこと及び本件土地の取得に贈与税が課されることを話した。これに対し、控訴人は、本件土地は十数年前に父から贈与されたものであり、控訴人名義の登記手続がされなかったのは司法書士のせいであるので、事情を知っている兄長儀を連れて来ると言って一旦帰り、午後、長儀を連れて来署した。

島袋は、控訴人及び長儀に、買換特例等について説明したところ、長儀は納得し、格別十数年前に父から贈与されたとの申立をすることもなかった。

3  控訴人は、同年三月一〇日、名護税務署を訪れて納税相談をし、金武町に貸してある土地は以前から半分は自分に所有権があるもので、金武町の支払う賃料の半分は自分が取得しており、今回本件土地について真正な登記名義の回復により自分の所有名義とした後、売却したものであるが、その半分については事業に供していたものであるから買換特例の適用を認めてほしいと申し出た。応対した担当職員糸数泰彦は、贈与による財産取得の時期は、書面によらないものについては履行のときとされ、登記がされる財産については、特に反証のない限り、登記のされたときに贈与があったものとして取り扱われており、真正な登記名義の回復の場合も同様であるから、控訴人の場合、贈与税の対象となるとともに、本件土地の取得後すぐに売却しており継続した本件土地の賃貸行為を行ったことにはならないから買換特例は認められない旨説明した。これに対し、控訴人は、本件土地について真実の所有者の登記名義に直したことは贈与に当たらないし、以前から本件土地の賃料をもらっているから本件土地の譲渡は事業用資産の譲渡に該当すると主張した。

そこで糸数は、控訴人の意志が固いことから、その申立どおりの譲渡所得の計算過程について説明し、これを本件確定申告書の分離課税の長期譲渡所得に関する欄に記載して控訴人に交付した。その際、糸数は、控訴人に対し、その申立どおりの申告をした場合には確定申告後に更正等があり得ることをも併せて説明したところ、控訴人は、更正等があれば裁判を提起する予定である旨述べた。

4  控訴人は、同月一三日、納税相談のため名護税務署を訪れ、前記のとおり既に記入されている本件確定申告書を示し、控訴人は昭和四七年ころから本件土地について所有権を有していること、本件土地の半分に相当する部分は、金武町に賃貸し、その賃料も収受しているので、本件土地は事業用資産であること、本件譲渡代金は控訴人の事業の用に供するクラシックカーやその展示場設備の購入に充てたことを理由に、本件譲渡につき買換特例を適用したい旨申し立てた。応対した担当職員根元英一郎は、右事実を証明する書類が必要である旨説明したところ、控訴人は、金武町から支払われる賃貸料は共有者である控訴人と長儀が折半する旨の記載のある両名連名の約定書(甲三)を提示し、これしかない旨述べた。根元は、この文書だけでは、本件土地が継続して事業の用に供されていたことは認められないので買換特例の適用のない通常の方法で所得金額を計算するよう指導したが、控訴人はこれに応じようとしなかった。根元は、その際、もし説明に納得がいかないのであれば税理士に相談してみてはどうかと勧めたところ、控訴人は、税理士は税務署の味方であり相談しても無意味であると答えた。

このような状況から、根元は、控訴人に更正等もあり得ることを説明した上、控訴人の申出どおりに計算し本件確定申告書の残りの記載欄に所定の事項を記入してこれを示したところ、控訴人は確認の上これに自ら住所氏名等を記載し押印し、名護税務署長に提出した。

5  税務署では、納税相談の際、担当職員が納税者の主張に沿って納税申告書を代筆することは通常行われていることであり、特に、譲渡所得については計算が複雑であり、それが継続的でない単発的なものである場合には特に難しいので、担当職員が計算した結果を代筆し、納税者がこれを確認し署名押印するのが通常である。

6  控訴人に対する納税相談も、他の相談者と同様に公的場所である名護税務署の二階事務室において、二〇余名の多数の相談者の中で行われたものであり、応対した職員が控訴人の言い分を無視したり、何らかの圧力がかけられる状況ではなく、また、控訴人に対し圧力や脅しをかけたことはなかった。

三  以上の事実によれば、控訴人の納税相談に当たった名護税務署の各担当職員は、控訴人が本件土地を取得した時期は控訴人名義の所有権移転登記がされた昭和六三年六月一七日であり、本件土地はその後間もなく売却され、本件土地は控訴人において相当期間継続して賃貸することが予定されたものではないことから、本件譲渡には買換特例の適用がないことなど税法の解釈、適用について説明したのに対し、控訴人は自己の主張に固執し続けるので、応対した職員は控訴人の申出どおりに所得及び税額の計算から本件確定申告書の代筆までを行い、控訴人は確認の上これに自ら署名押印し、提出したものであるから、本件確定申告は、控訴人の意思に基づいてされたものというべきである。また、控訴人の納税相談に当たった担当職員の控訴人に対する応接の仕方も他の来訪者と異なるものではなく、控訴人に対し、圧力や脅しをかけたこともなかったのであり、さらに、納税相談において、申告をしなかったり不適正な申告をした場合には、国税通則法の定めるところに従い、決定又は更正がされ、延滞税又は加算税の賦課徴収されることを教示することは、納税者に対し情報を提供し、適正申告を促すためにされることであって、もとより違法、不当な行為ということはできない。

以上のとおりであって、他に控訴人に対する納税相談において、担当職員に違法、不当な行為(本件不法行為)があった事実を認めるに足りる証拠はない。

四  結論

よって、本件不法行為を前提とする控訴人の請求は、その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がなく、これらを棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないので、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大塚一郎 裁判官 坂井満 裁判官 伊名波宏仁)

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